1917
大正6年2月
堺紡績株式会社(のちの堺支店)を吸収合併、初めて織布部門を持つ。
 日本の紡績業は、日露戦争後には綿糸から綿布へ重点を移し、第1次世界大戦後は生地綿布から加工綿布へと発展していったのである。こうした動きに対応するため、当社は1917(大正6)年2月、堺紡績株式会社を吸収合併。同時に同社の徳島支店も傘下に収め、それぞれ当社の堺支店、徳島支店とした。
 とりわけ、当社にとって重要となったのは、徳島支店である。当社が初めて、織布部門を持つきっかけとなった。
 合併時の保有設備は、堺支店と徳島支店を合わせ紡機4万2,348錘、織機1,248台であった。
堺支店(堺紡績時代)