1941
昭和16年3月
東海染工株式会社を設立、「紡・織・染」一貫生産体制を確立。
 戦時色が深まる中、当社は経営を安定かつ堅固にするため、染色加工部門への進出を企図し、1939(昭和14)年に名古屋市東区の堀尾染布工業所を買収。これを別会社として経営するため、1941(昭和16)年3月に東海染工株式会社を設立した。
 当時の加工能力は捺染が月産8万反、無地が同5万反であった。これらの製品は国内向けのほか、中近東および東南アジア(特にタイ、フランス領インドシナ、ビルマ)などへ輸出した。こうして当社は、紡績業・織布業・染色加工業の一貫生産体制を確立することとなった。
当時の捺染場