1944
昭和19年3月
朝日紡績株式会社を合併、敷島紡績株式会社に改称。
 太平洋戦争の緊迫化を背景に第3次企業再編成が決定され、当社は再び企業合同の必要に迫られた。
 1943(昭和18)年6月、6代目社長に山内貢が就任して朝日紡績株式会社との合併交渉を進め、朝日紡績株式会社を解散、福島紡績株式会社を存続会社として合併。同時に本社を大阪市東区(現・中央区)備後町に移転し、社名を敷島紡績株式会社と改称して、新たな一歩を踏み出した。
 新社名は日本の古称「やまと(大倭・大和・日本)」にかかる枕詞「しきしまの」に由来し、「歴史と伝統を誇る日本の紡績会社」という意味が込められている。
6代目社長 山内 貢